コンテンツへスキップ

パリテと世界の状況

    2026年8月30日(日)

    参加者:4名

    ジェンダーロールの会 第二十五回

    「パリテと世界の状況」

    前回に続き、今回は『フランスに学ぶジェンダー平等の推進と日本のこれから』のテキストをベースに、パキスタン、バングラデシュ、韓国、セネガルの女性議員の獲得に向けての取り組みを読みながら、日本の政治のイメージについて意見を交わしました。


    1. 政治家のイメージ、そして「立候補とお金」の現実

    読書会の中では、政治家という職業に対する印象や、立候補するまでの現実的なハードルについて率直な言葉が交わされました。

    政治家の資質と今のあり方への違和感

    政治家は意見をはっきりと主張し、批判されても言い返さなければならないイメージがあります。「自分の性格には合わない職業だな」「女性でなりたい人はなれたらいいと思う」という意見が出る一方で、人の顔と名前を覚えやすいといった政治家に必要とされる特性についても話されました。

    韓国などで導入されている「ジッパー方式(名簿順位を男女交互にする制度)」のように女性議員を一定数組み込む事例が紹介されましたが、いまの政治のあり方や構造のままでは、女性が政治家になったとしても生きづらさを抱えてしまうのではないかという懸念が共有されました。

    また、インドの事例で「女性議員は男性より立法活動が活発だ」という指摘がなされた点について、「数字の背景理由を分析せずに『女性だから真面目・活発』と結論づけるのは、新たなジェンダーロール(ステレオタイプ)を助長する危険があるのではないか」という鋭い着眼点もありました。これは単に男性が不真面目ということではなく、「女性議員が自分の意見を通すためには、議会への出席率や活発な活動実績を数字で示さなければ認められにくい」という置かれた状況の違いが反映された結果なのではないか、という分析もなされました。

    政治教育と自分たちのルールを決める体験

    政治的な話題は論争になりやすくタブー視されがちで、日常ではなかなか話されないと感じる人がいる一方、コロナ禍をきっかけに語るようになったという人もおり、政治を身近に感じるタイミングは人それぞれであることが確かめられました。

    その中で「将来政治家になりたいという小学生が思い浮かばない」という話題から、学校教育のあり方へと話が展開しました。大人が決めたルールにただ従うのではなく、小学校の中で子どもたちが自ら学校のルールを決めるような取り組みを行うことで、政治への肯定的なイメージが育つのではないかという意見が出ました。自分たちの生きる生活を自らの手で変えていく体験を重ねることこそが、政治を身近にするきっかけになるという視点が共有されました。

    立候補にかかるお金と権力の中毒性

    当選するかどうかも分からない中で立候補できるのは、やはり金銭的に余裕がある人に限られるのではないかという疑問も投げかけられました。パキスタンでは政治に通じる親族を持つ女性が立候補している事例が紹介されましたが、貧困層からの立候補が難しいという背景については、日本でも広報活動などの資金に1,000万円ほど手元に用意しなければならないとすれば、実情は同じなのではないかという指摘がありました。

    さらに、「権力には中毒性があるのか」という問いも生まれました。最初は貧困や社会のために戦おうと志しても、まずは自分の生活を守ることを優先してしまい、政治家の脱税や不記載問題などの裏金問題が絶えない現状への疑問が呈されました。そうした中で、権力や贅沢の感覚に呑まれて麻痺してしまわないよう、あえて空港のベンチで寝るなどして日常の感覚を保つ工夫をしている人の話も共有されました。


    2. 「女性の権利」にとどまらない問題、そして韓国の徴兵制と男性の生きづらさ

    男女平等のために女性議員を増やすという目的を掲げつつも、その目的や「支援」のあり方について議論が深まりました。

    女性議員を増やす目的と多様な事情

    女性の声を届けるために女性議員を増やす施策が進められていますが、選ばれた女性たちが必ずしも「女性の権利」のために戦う意思を持って当選しているとは限らないケースを学びました。

    パキスタンでは現在、権利向上のため自発的に立つ人も増加していますが、かつては家族の結束という側面が強く、人数合わせのために立候補させられていた側面もあったそうです。また、イスラム教の「パルダ(女性の隔離・姿を隠す規律)」などの規範があり、1人で街頭演説をすることが難しく、女性専用の投票所が必要とされる社会的な背景もありました。インドやパキスタンにおける女性留保枠は、単なる男女平等のためというより、多様な宗教や社会層の存在を認める「宗教的多様性の留保」の流れから生まれているなど、国によって目的はさまざまであることを確認しました。

    ルワンダ、キューバなどは女性議員比率が50%近く(あるいはそれ以上)に達していますが、ジェンダーギャップ指数とは必ずしも比例していません。ルワンダの女性活躍も「女性が自ら勝ち取ったものではない」という説もあり、単純に「女性議員の割合(数字)」だけがすべての答えになるわけではないと考えさせられました。

     「韓国の徴兵制と男性への支援不足

    支援を必要としているのは女性だけに限らないという点についても話し合われました。例えば韓国では、男性だけに徴兵制度が存在し、それが男性の就職する権利や機会を奪っているという声がある事例が挙げられました。性被害に遭った男性へのサポートがいまだに希薄であることなど、男性と女性の双方を視野に入れた支援の必要性が語られました。


    3. お金の使い方を変えるコミュニティ、性のタブー視と日本独自の身体感覚

    税金の使われ方に対する不信感から、日常にあるタブーや身体感覚の違いへと話題が広がっていきました。

    お金の使われ方が見える小さなコミュニティ(トンチン)

    どこに税金が使われているか分からない現状に対し、制度だけに頼らない地域や女性たちのネットワークによる小口融資の取り組みが注目されました。例えばパキスタンなどで見られる「トンチン」のように、小さなコミュニティ内で持ち寄り出資を行い活動していくスタイルです。少なくとも自分たちのお金が何に使われているのかが明確に可視化される形に、世の中を変えていく可能性を感じたという感想が共有されました。

    「性に対してのタブー視

    学生時代、ウーマンリブの流れのなかで「女性の身体がどう扱われるか」について議論した体験が共有されました。性的対象として消費される女性の身体に対する問題意識から、話は日常にある「薬局で生理用品を買うと紙袋に包まれる配慮」へと及びました。紙袋で隠す配慮がかえって性へのタブー視を助長しているのではないかという意見が出たほか、「男性がコンドームを買っても紙袋には包まれないが、女性が買ったら包まれるのか?」という素朴な疑問も投げかけられました。

    日本の裸の文化とスキンシップの違い

    外国の政治活動のあり方を見る中で、日本固有の政治活動やコミュニケーションのスタイルについても議論が進みました。お祭りや温泉のように裸を共有する文化がある一方で、欧米と比べると日常におけるスキンシップのあり方は大きく異なっています。「公共の場でカップルがキスをしていると、なぜ日本では目立ってしまうのか?」という問いが上がり、日本独特の体感距離やスキンシップに対する感覚の違いについて考えを巡らせました。

    また、日本のアイドル文化が根付いている背景には、個人の主張よりもグループや周りとの配慮を重んじる「空気を読む文化」が影響しているのではないかという意見もありました。周囲の意見にしっかりと耳を傾ける「傾聴する姿勢」は国際的な評価こそまだ乏しいものの、日本料理のように独自の強みや良さとして見出されていってもよいのではないか、という前向きな視点も共有されました。

    記録:ダンシロウ


    参考文献:

    「フランスに学ぶジェンダー平等の推進と日本のこれから パリテ法制定20周年をこえて」

    冨士谷あつ子/新川達郎 編著

    <第3部:パリテ法との対比に見る各国の政治分野の男女共同参画>

    1章 パキスタンにおける女性の政治参加

    2章 バングラデシュにおける女性の政治参加

    3章 韓国における女性の政治参加

    4章 セネガルにおける女性の政治参加


    過去の記事