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パリテから考える

    2026年7月26日(日)

    Participants: 4

    ジェンダーロールの会 第二十四回

    「パリテから考える」

    前回に続き、今回は『フランスに学ぶジェンダー平等の推進と日本のこれから』のテキストをベースに、パリテ適応のための憲法改正などの歴史を紐解きながら、日本の政治や企業におけるアプローチについて意見を交わしました。


    1.「形」が先か、「中身」が先か

    クォーター制とパリテの違い、そして宗教的背景

    今回の読書会でまず確認されたのは、女性議員を「4分の1」などの一定枠を確保する「クォーター制」に対し、男女の数をきっちり「半分半分(50:50)」に義務付ける「パリテ」についてです。人口の男女比について、「生物学的には幼少期の男児の死亡率や事故率の関係で男性がやや多く生まれるが、高齢層では女性が長生きするため、相対的に社会全体で見ればほぼ半々になる」という人口動態の不思議についても触れ、生物学的に男女は半々なのかについて確認しました。

    テキストによると、最も早くジェンダー平等に進んだのは北欧(ルター派キリスト教)や英米(プロテスタント)の地域。一方で、カトリック圏であるフランスがこのパリテを導入できた背景には、憲法改正まで踏み込む強い政治的意図がありました。

    キリスト教的な背景を持たない日本では、宗教の壁というよりも、新しいことを決められない「前例主義」が障壁になっているのではないかという意見が出ました。

    前回参照した日本の政治についてのテキストに比べ、フランスのパリテを巡る対立や歴史的変遷(普遍主義派vs差異主義派の戦い)のほうが鮮明に描写されており、日本の議論は、公に議論する手前の段階でふわふわしているのではないかというもどかしさが語られました。

    「数字を動かすか、対話を重ねるか

    パリテ法の実効性は、男女同数に満たない政党への公的資金の減額という明確なペナルティにあります。「ゴミの減量化」の例を見ても、スローガンやご褒美より、有料ゴミ袋のようにやらなければ損をするアプローチの方が、人間の心理として、実際に人は動くいう事例が紹介されました。

    しかし、中身から変わっていかなければ制度が変わっても意味がないという意見から、「男女共同参画推進法」によって増えた講演会の意義は大きいのではないかという意見もありました。日本の男女共同参画推進法はあくまでペナルティのない努力義務。街に立派な男女共同参画センターができて、DV相談や見える化による男性育休率は上がったものの、実質的な生きやすさに繋がっているのかと疑問の声もありました。ここでメンバーのスタンスは2つに分かれました。

    • 「中身が伴わなければ意味がない」派: 形だけ数字を合わせても意識がついてこなければ同じ問題が繰り返される。地道な議論を重ねる方が人間的である。
    • 「とりあえず数字から動かすべき」派: 努力義務や講演会だけでは現状は変わらない。強制的にでも数字(環境)を動かさないと、変わっていかれない。


    2.「女性上司なら変わる」という新たなバイアスとこれからのリーダー像

    上司の性別と組織の空気

    「上に立つ人が女性になれば、家庭を大切にできる雰囲気になるのか?」という問いに対し、意見が交わされました。

    ある参加者の女性の上司は、独身や子どもがいないため、自身が残業をしながら働いてきた人でした。そのため、かえって子育て中の女性に対して「私は病児保育に預けて働いてきた」とシビアな視線を向けるケースがあり、女性中心の職場のほうが、かえって我慢を強いられるのではないか、という意見もありました。

    一方で、男性上司であっても育児や介護に深い理解を示し、寄り添ってくれるケースもあります。家庭への理解は性別の差ではなく、その人自身が過去に何を経験してきたかという個人のマインドに依存するのではないかという意見もありました。

    さらに議論の中で、「女性上司が増えればすべてが解決する」という前提そのものに、新たなジェンダーバイアスが潜んでいるのではないかという指摘がなされました。「女性が上に立てば職場が優しくなる、家庭的になる」と思い込むことは、逆説的に、女性管理職に対して「ケアや共感を担う存在」という従来のジェンダーロール(女性らしさ)を再び押し付けることになりかねません。性別による役割期待から脱却しようとする動きが、形を変えた新たな役割期待を生んでいないか、という本質的な問いが投げかけられました。

     「変容するリーダー像

    これからの時代、従来のトップダウン型ではない、新しい組織のあり方が見え始めています。その一例として共有されたのが、働く人がみずから出資し、全員が「1人1票」を持ってフラットに話し合いながら運営を決める「ワーカーズ・コレクティブ」のスタイルです。

    またある参加者は、自身の属するチームのリーダーポストを次の世代に引き継ごうとした際、すでに若い世代のチームには「リーダー」という概念自体が存在せず、ポストがなくても全員がフラットに機能していたといいます。

    現在は「女性の管理職比率を高めること」が社会的な目標として掲げられていますが、そもそも「組織にはリーダーが当然いるものだ」という古い前提そのものを覆す視点もあります。強いリーダーを立てないフラットな組織のあり方は、これまでの社会的な生きづらさを解消するヒントになるのかもしれません。「女性管理職を増やすこと」だけを唯一の解決策とするのではなく、私たちはより多様で柔軟な組織の形を模索していくべきではないか、という議論が交わされました。


    3.「見えない格差・ケア」のリアル

    「ケアの外部化が生む新たな階級格差への違和感——数合わせの先にある本質

    フランスのパリテ(男女同数制)の背景にある「働く女性はキャリアを諦めずにすみ、移民女性にとっては働く場が得られるためウィンウィンである」という記述に対し、メンバーからは強い違和感や疑問の念が示されました。

    実際のベビーシッターなど、ケア労働を担う人の9割以上が移民女性であるという現実があります。これは結局のところ、「富裕層の女性の自立を、低賃金で働く移民女性という新たな弱者が下支えしている」という、強固な階層格差の構造の上に成り立っているのではないか、という指摘です。

    女性の就業率やパリテといった「数字」を上げること自体が自己目的化してしまうと、新たな弱者を搾取する構造を温存したままになりかねません。大切なのは、単なる制度的な数合わせではなく、人間そのものの平等性が根底から認められることです。目的が数字や割合の達成だけにすり替わってしまうと、ジェンダー平等が本来目指すべき「本質的な目的」を見失ってしまう危険性について、考えさせられる議論が交わされました。

    「制度があっても頼れない?三歳児神話の葛藤

    子どもは母親が育てるべきという三歳児神話や、親からの刷り込みにより、外部サポートの利用に罪悪感を抱く人がいます。行政のファミリーサポートやドゥーラなどを後ろめたさなく頼れる環境が必要であり、「身内で家族を看取るべきだ」といった前提や罪悪感をなくさなければ、ケア層の負担は軽くなりません。

    社会全体が子育てに優しい台湾での体験談もあり、このような日本の空気感を変えるための問いが生まれました。日本では長期休暇を取れる制度があっても、周囲の目を気にして取得しない人が多い現状があります。

    そこで、海外では一般的なまとまった夏休みのように、まずは自分が取得して実績を作っていく取り組みが共有されました。休暇日数などの数字や割合を身近なところから変えていくことが、社会変革の有効な手段になり得るのだと考える機会になりました。

    Notes: Danshiro


    References:

    「フランスに学ぶジェンダー平等の推進と日本のこれから パリテ法制定20周年をこえて」

    冨士谷あつ子/新川達郎 編著

    <第2部:フランスにおけるパリテ法の成果と課題>

    1章 フランスのフェミニズムの流れ ーパリテ法と関連においてー

    2章 対談:フランスにおけるパリテ法の制定過程と成果

    3章 フランスにおけるパリテ法の継承

    4章 法律から実質へ:フランスの実生活における女性と男性の平等

    5章 過渡期におけるジェンダー平等戦略

    6章 フランスにおける女性の就業とケアの外部化


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